光圧によるナノ物質操作と秩序の創生 科学研究費補助金新学術領域研究 平成28年~32年

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研究概要

領域の出発点

通常は熱として発現する分子やナノ粒子など極微小物質の力学的運動を、個々に、また直接に操作し、所望の秩序を創生したり、機能的現象を引き起こしたりする技術は、ナノ科学の1つの到達目標です。私たちは、光が物質に及ぼす力、すなわち光圧を用いることによってこれを実現することを考えました。

光が物質に力を及ぼすことは古くから知られ、前世紀初頭には理論的にも実験的にも実証されていました。しかし、これが技術に結びつく事は、レーザーの発明後、Ashkinらが一本のレーザーでミクロンサイズの誘電体球を捕捉、操作できることを示したことによって明確に認識されました。光ピンセットと呼ばれるこの技術は、例えば誘電体球を生体分子などに結びつけることで分子間の力学作用を解明するなどの成功を収めてきました。一方、原子の運動を制御するためにも光圧が用いられ、精細な原子線を狙うことによって原子冷却が実現されています。

さて、では光圧により「ナノ物質」を操ることが出来るでしょうか。実は光ピンセット技術の視点で見るとナノ物質に働く光圧はあまりに小さく、また環境との相互作用とも拮抗してしまいます。一方、原子冷却技術から見ると多数の原子からなるナノ物質は光吸収線が複雑で、その操作は大変困難に見えます。そのよう中で、我が国では、光化学、光物性など様々な分野でナノ物質の光操作に対する挑戦が行われてきました。強集光ビームでの有機分子捕捉とその運動解析技術が独自に発達し、また、個々のナノ物質特有の狙いやすい共鳴線を利用した、選択的ナノ光圧操作も提唱されてきました。本学術領域は、このような流れを、分野を超えて結集し、次世代の物質制御技術をめざす新しい学術分野確立へのプロジェクトとして開始されました。


光圧操作の未開拓領域であるナノメーター領域。本領機ではナノ物質の多様な微視的性質を反映した光圧をデザインし、個々のナノ物質の直接操作に挑戦する。

領域の到達点

光が物質に及ぼす力、すなわち光圧を用いて「分子や半導体微粒子などのナノ物質を、その性質ごとに『個別・選択的』に、また『直接』に運動操作(捕捉・輸送・配置・配向)する」技術を実現し、「極微質量の人為的力学操作を通した秩序の創造」に結びつく学理の体系化を行うことが本領域の目的です。ナノ物質は様々な量子力学的特性を顕します。光もまた、周波数、偏光、波数ベクトル、さらに角運動量、重ね合わせによる時空間構造など、多くの自由度を持ちます。このような物質と光の多様な自由度を線形・非線形に作用させて光圧を自在にデザインすれば、ナノ物質の運動を、その特性ごとに、精緻に操ることができると期待されます。このことにより「量子力学的性質や共鳴条件の異なるナノ物質の、光による分別や空間隔離、配向制御による結晶化の誘起」、「選択的な拡散制御や分子濃縮などによる化学過程制御」など、光圧のみがなし得る秩序の創生や機能的現象の創出を実現させることが私たちの到達点です。


光圧によるナノ物質操作と秩序の創生の概念図

研究計画

上記の目標への到達を目に見えるものにするため、本領域では三つの共同研究を掲げました。

[A] 特定ナノ物質の分離と精密配置、及び大面積化
特定の性質を示すナノ物質を選択的に分離、精密配置し、さらにこのような作業をマクロな領域で行えるようにします。
[B] 粒子間相互作用の制御と結晶等の階層構造創製
高濃度溶液における粒子の配向や粒子間の相互作用を光圧により制御し、会合、結晶化等の自己組織化過程を人為的に操る技術を確立します。
[C] 分子の選択的力学操作を通した化学過程の制御
分子種を選択的により分け、例えば自然には集まらない異種分子を液-液界面などに配列集合させ、化学過程を物理的に制御する技術を確立します。

「共同研究[A] 特定ナノ物質の分離と精密配置、及び大面積化」の概念

これらの課題には領域のメンバーが一丸となって取り組みますが、さらに本領域では、これらの共同研究を支える柱として次の4つの計画研究を設けました。

計画研究A01.光圧を識る:光圧の理論と計測・観測技術開発による基礎の確立
ナノ物質への光圧を精密計測し、理論や運動観測との整合性を確認することによって光圧科学の基礎を確立します。
計画研究A02.光圧を創る:物質自由度を活用した操作の高度化
ナノ物質の電子準位間の遷移などに光を線形・非線形に作用させることにより選択的に捕捉する、押す、引く、回す等を可能にする、物質操作の高度化を目指します。
計画研究A03.光圧を極める:分子操作の極限化と光制御によるマクロ化
金属ナノ構造での局在電場による光成形などの技術を駆使し、如何に小さなターゲットを、如何に精密に捕捉できるかに挑戦し、また操作のマクロ化にも取り組みます。
計画研究A04.光圧で拓く:多粒子相互作用の選択的制御による構造と現象の創造
主に高濃度系における微粒子の相互作用を選択的に制御し、結晶化や化学反応などを物理的に制御することで、上記領域共同研究のパイロット研究を推進します。

これらの計画研究を融合・相乗させることにより、共同研究[A]~[C]における目標へ到達することが可能となります。

特徴的な取組み

本領域の重要な特徴の1つは、物理、化学、工学等、多様な分野の研究者が集結し、異分野研究者による手法の交流を通して、次世代の物質操作の実現に挑戦することです。これを実質化するための仕掛けとして、本領域では若手を中心に人材交流を通して学び合う「異分野手法トレーニング道場」を開設し、異分野の実体験の中から共同研究を作り上げる体制を整えています。これにより本領域の将来の発展を支える次世代の研究者が確実に育っていくことになります。


ナノ物質の「個別選択的」かつ「直接的」操作を通して「極微質量の人為的力学操作による秩序の創造」を実現するための領域の戦略

何が期待できる?

本領域が目標とする学理と技術が実現すれば、次のようなことが可能になるでしょう。

  1. 光との共鳴条件に応じた光圧によるナノ物質の選択的な運動誘起、分離、隔離、空間マッピング等が非接触に行えるようになります。さらに空間配置・配向などを分子サイズスケールで制御、観測できれば、他のアプローチでは不可能な物性計測・観測・検出が可能となるでしょう。
  2. 高濃度溶液系で、濃縮・配向制御等により粒子間相互作用が制御できれば、結晶化等の相転移や自己組織化を人為操作することによる(階層的)構造作製手法が確立します。またそのような現象自体の研究の新奇な手法が開拓されます。
  3. 多種分子が混在する系で、光圧により特定の分子を局所的に拡散制御・濃縮し、濃度勾配や配向を制御することが可能になります。これにより化学過程を、分子の力学的操作を通して制御する従来にない手法が実現し、分子プロセス(分子の力学的運動、及び化学過程)自体の研究をはじめ、センシングの分子種・場所選択性、各種化学反応の画期的高効率化などに結びつく可能性もあります。

光圧操作には非接触性、遠隔性、時間的・空間的制御性などがあり、また光の重ね合わせの性質を利用して、ナノ物質の複数の特性のアンド や、オアを取る操作が可能になります。さらに非線形性を適切に加えれば、物質の微視的特性を選び取るための組み合わせと、操作の自由度は圧倒的に増えるでしょう。このようなことを可能とする学理と技術の総体として、「極微質量の人為的力学操作を通した秩序の創生」が具現化すると期待されます。

おわりに

私たちの領域はまだ大きな学会もない新興の学問領域と言えますが、様々な異分野から参集し、組織化された研究者が、今後、10年、100年と発展していく新しい学術領域をここにスタートさせるという気概で活動を始めています。この領域が本当に今後発展していくためには、このスタート地点を築かれた多くの諸先生、先輩方のご指導が不可欠です。また、若い世代の研究者が近い将来、この領域の中心を担っていくことも必須です。はじめてこの領域を目にされた皆さんも、是非、これを機会に本領域にご興味を持って頂いて、ご指導を頂き、また一緒に研究に参画して頂ければ幸いです。本領域をどうぞ宜しく御願い致します。